私がウォーターサーバーを始めたきっかけは、いとこが利用していて良いよと教えてくれたからです。いとこは、ウォーターサーバーの大きさがちょうど子供の背丈なので便利と言っていました。利用してみたら確かにその通りなんです。子供が自由に飲める水があるって本当に便利です。コップさえ置いておけば、勝手に飲んでくれるんですから。
水漏れをしてしまうことで大変なことになってしまうことが考えられる。もっとも水漏れは、いきなり起きることというよりは、前兆があることが多いためにある程度見当がつくことが多い。それでも、腫れものを触るようにして長く使いたくなることは、人としてはわかると思う。それでもどうにもならなくなったら呼ぶしかないだろう。
3日の「選挙サンデー」。東日本大震災の影響による派手な活動の自粛ムードも手伝って、京都府議選と京都市議選では、いつもの選挙よりは今ひとつ盛り上がりに欠ける一日となった。
大音量で候補者名を連呼する立候補者の選挙カーを尻目に、京都市中京区の主婦(34)からは「被災地ではガソリンが足りなくて困っているのに、選挙カーで走り回るのはいかがなものか」との声も。
京都市議選のある新人候補は「こんなときだからこそ、なるべく足で回って訴えたい。街頭演説などは精いっぱい行うつもりだが、『自粛すべき』などとおしかりを受けた場合は考えたい」と話した。
また、府議選のある候補者は、選挙事務所に募金箱を設置したり、演説で震災について触れ、公約に防災対策も盛り込むなどしているという。「自粛を求める声があるのは分かるが、活動しなければ政策を訴えることもできない。選挙カーの使用時間などは他陣営の状況もみながら考える」と苦しい胸の内を語った。
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東京電力は4日、福島第1原発2号機の取水口近くの作業用の穴(ピット)にできた亀裂から海に流出している汚染水の出元を調べるため、既に高濃度の汚染水が見つかっているタービン建屋近くの立て坑に、乳白色の粉末13キロを投入した。
[イラスト]福島第1原発2号機の汚染水の流れ(想定図)
立て坑は、横穴を通じてピットにつながっている。3日には水を吸うと膨らむポリマーなどを横穴に投入したが、4日朝になっても流出は止まっていない。
東電は、舗装の隙間などから汚染水がピットに流れ込んでいる可能性もあるとみて、色の付いた水の流れを調べ、経路をふさぐことを検討する。
建屋内の汚染水の除去作業と併せ、原子炉内への注水も継続。冷却機能回復に向けた作業も引き続き進める。
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2号機ピットに亀裂 コンクリート注入する処置
海に直接流出、生態系に影響も 汚染水排除が急務
東日本大震災からの復興 経済的な課題は
届け、僕らの復興への思い−−。東日本大震災による津波で大きな被害を受けた宮城県名取市の市立閖上(ゆりあげ)小の子どもたちが3日夜、避難先の市立館腰(たてこし)小体育館で開かれたコンサートの最後に、メッセージを書いた紙飛行機を飛ばした。地震直後、閖上小の教室では、泣いている女子を励まそうと、男子が紙飛行機を投げ、笑顔を取り戻した。「みんな元気に頑張ろう」。思いを込めた紙飛行機が避難所にも笑顔を届けた。
【被災地のために】義援金の主な受け付け窓口
地震直後、同小3階にあった6年1組の教室には、低学年の児童も避難してきた。「怖い」。女子が泣いていた。「僕たちに何かできないか」と1組の男子9人が話し合った。「紙飛行機の羽にメッセージを書いて飛ばそう」。斎藤開君(12)が、紙飛行機を作って教室後ろのロッカーにしまっているのを知っていた児童たちの意見がまとまった。
斎藤君は、教科書などに張る付箋を使って、小さな紙飛行機を作るのが好きで、2月下旬ごろから作り始め、毎日のように完成した数を友達に報告し、ためていた紙飛行機は約50個。みんなで約30個をその場で作り、教室の中で飛ばした。
羽には「泣くな」「大丈夫」などの言葉を書いた。子どもたちは飛び交う紙飛行機を見て泣きやみ、教室にいつもの笑顔があふれた。同小は水が引かずに翌日まで取り残されたが、斎藤君たちは交代で起きて乗り切った。斎藤君自身も津波で自宅が流されたが「自分が役に立ててよかった」と笑顔で話す。
コンサートは、館腰小に被災者の往診に来ていた北九州市の国際NGO「ロシナンテス」理事長、川原尚行さん(45)=スーダン在住=が子どもたちに提案して実現した。他の避難所で暮らしている閖上小・中の子どもにも声をかけ、約40人が集まった。慰問に訪れた歌手らと合唱し、校歌も歌った。
館腰小に避難している被災者にも折り紙で紙飛行機を折ってもらい一斉に飛ばした。「空に向かってみんなで前に進もうぜ」「希望を持って頑張ろう」−−。力強い思いが込められた数百の紙飛行機が飛び交うと、体育館は笑い声と歓声に包まれた。同じ6年1組で、祖父を亡くした大林聖花さん(12)も地震後に紙飛行機に励まされた一人で、「ありがとう」と書いて飛ばした。大林さんも笑顔だった。「たくさん飛んでいてきれいだった。作ってよかった」【金森崇之】
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